贈られたことば
愛するとは行動すること。
エーリッヒ・フロムのこのことばを、先生は書いた。
高校を卒業するころ、中学の時の顧問の先生に「何か書いてください」と頼んだら、
返ってきたことば。
聖書の先生で、
たまに部活を見に来たと思ったら、
「これ安く買えたのよ」
「これいくらだと思う?」
「今から教会の誰々さんのところに行くの」
いつもご機嫌で、そんな日々の話が止まらない、関西のおば(あ)ちゃん。
寝ていて授業に遅れてきたこともあった、
よく言えばおおらかな先生。
その日、すでに中高を定年退職してた先生は、
相変わらずなんやかんやと忙しくご近所や教会のお世話をして、
帰り道の私と出会ったのだ。
先生はいつか、
夜寝る前に今まで出会った人一人一人の名前をあげて、
みんなのことをお祈りするの、とも言っていた。
先生が、本当に出会った人全員の名前をあげてお祈りしているかはわからない。
きっと、誰かの名前を2回呼んだり、
誰かが漏れたりしているに違いないと私はにらんでいる。
でも、先生が祈る気持ちも、他者のために動く気持ちも、
間違いなくそこにある。
このことばを思い出すと、改めて問い直すことができる。
私は何かのために行動できているか。
私は何のために行動するのか。
愛するとは行動すること。
そうつぶやいて、一歩を踏み出す。